浄土宗

開祖法然が末法の時代に開いた浄土宗

浄土宗は、平安時代の比叡山で生まれました。
当時は「末法の時代」と表現されていたように、戦乱や飢餓が何年もの間続いており深刻な不安が社会全体を覆っていました。

そんな時代に念仏を唱えることで極楽浄土への往生をすることができるという思想が天台宗によって始まり、そこから複数の宗派への分岐していくことになりました。

その中の一つが法然による浄土宗で、比叡山での修行の中で「往生要集(おうじょうようしゅう)」という源信による書物に出会い、それを元に一つの宗教思想として構築したことが始まりです。

浄土宗の基本的な信仰は「南無阿弥陀仏」という念仏を唱えることこそが全ての人を極楽に往生させるための方法であるということです。
この念仏による往生のことを「専修念仏(せんじゅねんぶつ)」といいます。

非常に特徴的なのがこの念仏は極楽に行きたい人が自分の意志で唱えるのではなく、阿弥陀様の意志によって自然に口から出てくるとしているというところです。

この阿弥陀佛が持っている全ての人を救いたいという願いを「本願(ほんがん)」といい、それが俗世の人間の心に働きかけられることから念仏になるということから、自分ではない「他力」による「本願」によって極楽浄土への道が拓けるということになります。

これが浄土宗における「他力本願」の考え方です。
しかし実際の信仰においては信徒はただ念仏さえ唱えればそれでよいということになり、それが従来までの比叡山や奈良の寺院たちに大きな反発を生みました。

結果的に法然らの浄土宗の門徒らは流刑にされてしまうのですが、その中にはのちに浄土真宗の開祖となる親鸞も含まれていました。

浄土宗の葬儀のしきたり

浄土宗の門徒らは従来までの中央寺院から地方に流刑にされてことにより、流刑先の地域で布教を行ったためむしろ全国的に広く信徒を獲得することになりました。

日本で最も本流宗派の檀家数が多いのは浄土真宗で、次いで浄土宗となっています。
浄土真宗は浄土宗より発生した宗教であることからかなり教義に親しい部分が多く、葬儀のしきたりもだいたい同じ流れで行われます。

言い換えれば、現在日本国内で行われている仏式の葬儀方法のほとんどが浄土宗もしくは浄土真宗の方式に従っているということになります。

浄土宗の葬儀は「臨終・通夜」「葬儀式」「焼香・出棺」という3つの段階によって行われており、主旨としては故人を仏弟子にするための「授戒」と、仏の世界に導く「引導」の二つを中心にします。

浄土宗における焼香は一般的には3回で、葬儀の席で寺院より故人に対して「戒名」という仏の社会に入るための名前を授かることとなります。